まあ、こんなことは言われんでも分かっとるわ!という教育関係者さんが多いと思うのですが・・・。
学習指導要領が改訂され
主体的・対話的な深い学び
をスローガンに抱えて、毎日の授業を創っておられる先生方。圧倒的にリスペクトしております。
教育実習やられたことのある方ならわかると思いますが、45分、ないし50分の授業成り立たせるってめっちゃくちゃ難しいんですよ。
45分場を持たせるって相当地獄ですよ。お笑いライブでも、音楽ライブでも人前に立つとか、場づくりしたことある人はわかるはず。
で、そこに来て、「学び方」要は「授業のあり方」にまで口出ししてきた学習指導要領は言ってることは正しいけど、ハードルあげたよね。という感じ。
主体的(部下の主体性を引き出すのにどれだけ苦労するか)
対話的(教える内容がある上で、あえて対話という手段を選択するもどかしさ)
深い学び(対話して、掘り下げて理解や学びを深めることは、一流と言われているファシリテーターにも難しい)
ただ、この三要素って昔から人気のある先生はやっていることなんですよね。
子どもが主体的に学びに参画して、対話して、深く学ぶ。
こういうことを通して、とりあえず、人との関わりって悪くないな。と思う。今の学校教育のコンテンツがどうあれ、そこに価値は絶対あると思うわけであります。
まして、講義形式で教える形なら、こんな良質のコンテンツがあるわけで・・・
【政治】憲法改正問題(第9条)の本質に中田が切り込む!〜核心編〜②
これからは、ベシャリが上手い人がYouTubeに講義形式の、知識伝達を行い
対話的で深い学びは教室にいるオフラインの学びがある感じ。
ただ、実際の教育現場で、これだけの芸人さんの語りも子どもたちは飽きますよ。
それぐらいシビア。
この記事は、教師の講義形式の授業はそもそも成り立たせるのは難しい!ということと。つまり「あの先生面白いよねー」という授業におけるパフォーマンスよりも今後は、場づくり。ファシリテーターとして、いかに脳みそを働かせるか、というところにスポットが当たっていくだろうなあ・・・。と思うのであります。
ま、文科省は、鬼のようにそこも求めるんだろう。
ベシャリもできて
組織運営もできて
人権感覚も抜群で
人心を掌握して
エスプリにとみ
生き様としてのバックグラウンドも半端なくて
そんな人は先生にならないよ。てかハードル高すぎでしょ。
むしろ、そんな人は一国の首相になった方がいいよ。
はい。そんなわけで、良質なコンテンツが今や世の中に
無料で溢れかえっているなあ、と実感する今日この頃なのでした。